ジャニオタの小論文「JUMPが語り始めた音楽とは」後編
前編では、Hey!Say!JUMP 8枚目のアルバム「Fab! -Music speaks.-」のコンセプトの秀逸さや、マーケティング策について考察しました。
前編で、マーケティング次第でJUMPの楽曲が広まりヒットにつながる可能性があると書きましたが、本当にヒットするかはわかりません。でも、ヒットしなかったらこのアルバムは失敗だったということにもなりません。
なぜなら、今作を機にJUMPの楽曲を聞く人が少しでも増えてJUMPの世界観に好意を寄せてくれる人が少しでも増えれば、必ず次に繋がっていくからです。
では、今作を機にJUMPのファンになってくれた人や既存ファンを掴み続けるには?
後編目次
中長期ファンベースの施策
10月22日に「smash.」というアプリのリリースがあり、アプリの本格提供の第一弾として選ばれたアーティストがJUMPでした。*1メディアリリースでの謳い文句がSNSやネット上でのコンテンツを提供していなかったJUMPのオンライン発解禁であり、サービスの特徴がお気に入りのシーンをSNS上で共有できるというものだったので、私はてっきり新規ファンを獲得するための施策だと思っていました。
ところが詳細を見てみると、課金が必要な有料コンテンツでした。月額550円という金額は、JUMPのファンなら安いと感じるかもしれませんが、ちょっとJUMPに興味がある層にとってはなかなか出せない金額ではないかなと思います。だってジャニーズの全タレントのブログが読める「Johnny’s web」ですら月額330円なので。
これじゃあ新規ファンはなかなか増えないのではと思っていましたが、このアプリをリリースしているSHOWROOMの前田さんがラジオで語っていた内容を知ったときに見方が変わりました。smash.は、同じ趣味を持っている人達が集まれる場所、JUMPを好きな人達が集まる場所を作っているということで、新規ファンではなく既存ファンをメインターゲットにしたものであると理解しました。
そう考えるといろいろと合点がいきます。
現在アルバムのサイトで収録曲が視聴でき、PVも見れるようになっていますが、「Fab-ism」のバーティカルMVだけはsmash.でしか見ることができません。JUMPのことを熱心に好きな人たちしか見れないコンテンツというだけで特別感があるうえに、公開されているMVの内容は、ファンタジーでファビュラスな世界で最高の顔面の8人がわいわいしているという、きっと多くのJUMPファンが大好きなもので、もうファンのJUMPに対する信頼感は爆上がりな状態です。
また、smash.のTwitterアカウントでJUMPの新しい動画の公開予告がされていますが、つぶやかれるヒントから出演するメンバーを読み解くような形になっていました。
前編で述べた理論まで戻りますが、これも「美的アハ」に該当すると思います。
#JUMPinsmash #smash #HeySayJUMP #はさまれ予告 #redandblue pic.twitter.com/Ua6JhNslI2
— smash. (@smash_media_jp) 2020年10月27日
#JUMPinsmash #smash #HeySayJUMP #はさまれJUMP #はさまれ予告 #23時58分 pic.twitter.com/EwiJ0SLtVb
— smash. (@smash_media_jp) 2020年11月10日
しかもちょっと考えればわかるようなものではなく、既存ファンでないと知らないような情報を元に作成された謎解きになっている点はかなりコアなファンに向けたものだと言えます。
文献によると、内輪ネタはそもそも限られたネットワークの中で理解し合うものであり、内輪ネタは個性的な趣味を持つ人たちが帰属意識を持つ仲間、あるいは少々カルト的な集団の、結束を強める動きをする(*A)ということなので、radとblueが意味するのはどのコンビか、深夜0時前の大都会の写真から連想されるのはどのコンビかなど、SNS上で考察し合ったり動画を見て答え合わせをすることで、JUMPへの興味や愛着を沸き起こさせていると考えられます。
この内輪ネタに該当するものがもう一つあり、それはTwitterの公式アカウント、○○ぷぅ(@wolpuu_official)の存在です。
前作のアルバム「PARADE」のときに突如誕生した“ウルぷぅ”に続き、「Fab!」の情報解禁時に生まれ変わって誕生したのが“ファブるぷぅ“です。言葉遣いが謎だしサイトのURLもちゃんと貼れないし、公式マークがついていなかったら*2とても公式とは思えない感じのアカウントなので*3、JUMPファンですら最初は半信半疑でしたが、しばらく更新がお休みになるというお知らせがされたときのツイートには1,700件以上のコメントが寄せられるくらいJUMPファンから愛される存在になっています。*4
公式のわりにツイートの内容が独特なので正直これでいいのか...?と思うこともあったのですが、参考にした文献に答えがあったのでその内容を引用したいと思います。
(略)
重要視している企業でも、「拡散担当」くらいに思われているところがあるが、情報過多なこの時代において、特にSNSをヘビーに使っている生活者が「企業からの一方的な拡散」に注意を払うことはほとんどない。
SNS担当者が重要なのは「日々の愛着を強められるから」である。
毎日、いや、もしかしたら毎時毎分、ファン(SNSを活用している発信力が高い層の中のファン)と接して、愛着を強めることができる存在なのだ。
(略)
みなさんは、優れたSNS担当者が、なぜ、毎日「おはようございます」とか「こんにちは」とか「今日もおつかれさまでしたー」とか投稿し、ゆるい投稿でファンやユーザーや通りすがっただけの人と絡み合うか、意味がわかっているだろうか。
彼ら、彼女らは、日々、苦心しながら、そういう愛着を作っているのである。
くり返すが、単なる企業からの一方的お知らせを発信するのが彼らの仕事ではない。SNS担当者は、他に代えがたい愛着を作ってくれている貴重な存在なのだ。
(「ファンベース」P132-133 “SNSという接点は、毎日の「愛着」をもってもらうために超重要”という小見出しより)
そっか...ぷぅの中の人も苦心しながら「んPA!」とか「こんにちFab!」とか言っているのかな...いやめちゃくちゃ楽しんでそうだけどな...最近口調が変わっちゃったけど、はしゃぎすぎて偉い人に怒られたかな…
以上のことを加味して、smash.も公式アカウントも、既存のファンに楽しんでもらうことを重要視したコンテンツなのだと私は受け取りました。
smash.の動画を共有したり謎解きをしたり、JUMPの好きなところを言い合ったり共感し合ったり、他の人の意見を聞いて新たな魅力を発見したり、そういう環境があると既存ファンは、SNSや親しい間柄の人とのリアルな場において、JUMPの魅力をどんどん自分の言葉(=オーガニックな言葉*C)で発信するようになります。
ファンになりそうな層の人をJUMPの世界に誘い込むのに一番効果があるのが、このオーガニックな言葉です。興味を引くにはインパクトが大事ですが、愛着を得るには時間がかかるし誤魔化しがききません。だからこそ、本当にJUMPを好きな人達の言葉が、後々重要になってくると考えています。
smash.は期間限定で利用料無料のキャンペーンをやっており公式アカウントも誰でも見られるものなので、入り口は開かれた状態にあります。
入り口まで来てくれた人の歩みを奥のほうへ進めさせるのは、中の世界を知っている人からの信頼できる言葉です。
前編で、「ただ純粋にこのアルバムを楽しむだけでJUMPの魅力を広めることに繋がっていくのです。」と書きましたが、その理由がこれです。今作を心から楽しんで、その楽しい思いが自然とこぼれ出てしまうだけで、JUMPの魅力がバイラル的に広がっていくと考えられます。
ブロードキャスト拡散によって今作の楽曲やパフォーマンスに触れてJUMPのことが気になった人が、バイラル拡散されてきた既存ファンのオーガニックな言葉にも触れることで、熱心なJUMPファンになっていく。
一見、新規獲得に本気を出してきたような単発的施策が目立つ中、掴んだファンは離さないような中長期的な施策も同時に進められていたのでは、というのが私の考察であり、図にすると以下のようになります。
余談ですが、「Fab!」を気に入ってくれた方が映像も見たい!となって手に取る最新のライブDVDが「PARADE」で、JUMPの夢のような世界観の始まりに触れられる流れになっているのが天才だし、もっと見たい!となって次に手に取るライブDVDが「SENSE or LOVE」で、今度はメンバーひとりひとりのパフォーマンスを見れる流れに繋がっていくのが流石にできすぎていて、これからJUMPのファンになる人が羨ましいです。一回記憶を無くして、「Fab!」出のJUMP担になりたいくらい羨ましい。*5
JUMPが語り始めた音楽とは...
今作がヒットする可能性やファンが増える仕組みを考察してきました。
では、「Fab!」を通してJUMPが伝えたいこととは?
参考にした文献に載っていた、いきものがかりの水野さんの言葉を紹介しようと思います。
(略)
童謡や唱歌って、何もメッセージがないようでいて、実は人々の意識をかなり動かしていると思うんですね。ほとんどの人は曲を知っていても、作った人が誰か知らないじゃないですか。でも、子供の頃に何度も刷り込まれた歌って、その人の倫理意識や社会の価値観にすごく強い影響を与えていると思うんですよね。
(略)
『上を向いて歩こう』もそういう曲だと思います。あの曲も、時代を超えて人々の価値観に知らないうちにものすごく大きな影響を与えていると思うんですよ。あの曲を通じて『上を向いて歩く』ということが、いつの間にかポジティブな行為として認識されている。もはや誰もそれを疑っていない。これって本当にすごいことだと思います。
そういうことができてしまうのが『歌の可能性』だと思うんですよね。直接的なメッセージではなく、歌という器を作ることによって、作り手が『こんな世界になってほしい』と思っていることが伝わっていく。僕はそこに可能性を感じているんです。
(「ヒットの崩壊」 P232-233 “「歌うこと」が一番強い”という小見出しより)
この言葉にすんなり納得できたのは、奇しくもJUMPが「上を向いて歩こう」をカバーしていたからです。
雄大な景色や日常の景色をバックに真っ白の衣装を着たJUMPが手話を交えながら歌っている「上を向いて歩こう」のMVを見るたびに、心が浄化されます。この歌で歌われる状況はずっと"一人ぽっち"で春も夏も秋も泣いているのに、不思議と、泣きたくなるような日があっても、なんとか上を向いて歩いていればいいことがあるかもしれないと思わせてくれます。
JUMPが「敵わない大きな存在や 叶わない夢の一つ一つ 無駄なものなんてないよ」*6と歌えば、上手く出来なかった自分も散々な日も肯定してあげようと思えます。「奇跡的に僕たちは絡まって 偶然なんか飛び越えて交わる未来」*7と歌えば、先の見えない明日が来ることも楽しみになります。贔屓目でしかないかもしれませんが、夢と希望を歌わせたらJUMPの右に出るものはいないと思っています。
JUMPのキラキラしたパフォーマンスや心から楽しそうなJUMPの姿を見ると、幸せな気持ちになります。
ファンへのメッセージでよく「昔から応援してくれている人も、最近ファンになってくれた人も~。」という前置きをするJUMPです。コンサートのセトリを組むときも、「マニアックなものだけでなく、初めて来た人も楽しめるように」というのが基本スタンスです。幅広い層に訴えかけられるように、でも既存のファンにも楽しんでもらえるようにと考えられているような今回の施策といい、どんなときも、なるべく誰ひとりとして置いてけぼりにしないようにと考えてくれるJUMPの優しいところが大好きです。
世界中の人がJUMPの世界を知ってくれたら戦争だってなくなるんじゃないかと思うくらい、私から見たJUMPの世界は優しさと愛に溢れています。
昨年末の「ABUソングフェスティバル」では、音の聞こえない人や世界中の人が歌詞を理解できるようにという意図で、国際手話を交えて「上を向いて歩こう」を披露していました。歌唱後に裕翔くんは「国や地域が違っても音楽でひとつになれるってすてきですよね」と英語で挨拶していました。
去年行った台湾公演や紅白歌合戦でも「上を向いて歩こう」を歌っていました。
私の想像ですが、世代や言語を超えて自分達の思いや世界観を伝えることができる「歌の可能性」を身を持って感じたことも、今作のコンセプトに繋がっているのかもしれないと思いました。
Where words fail, music speaks.
-言葉にせずとも、音楽が語りだす-*8
Hey!Say!JUMPの音楽が多くの人に届きますように。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
参考文献
どれも面白かったので軽く紹介しておきます。ちなみに著者や出版社とは何の関係もないのでステマではありません。笑
*A)「ヒットの設計図」著:デレク・トンプソン
過去のいろんなヒットの仕組みや人間の心理が知れて面白かったです。メタ的な視点も得られそう。
*B)「ヒットの崩壊」著:柴 那典
音楽業界の流れがよくわかる。音楽チャートが意味することとか、大型歌番組のこととかも知れて面白かったです。
*C)「ファンベース」著:佐藤 尚之
具体的なマーケティング策やいろんな企業の施策例が載っていて興味深かったです。